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日本消化器外科学会 人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(本学会発表や論文投稿ほかにおいて遵守すべきこと)

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日本消化器外科学会 人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(本学会発表や論文投稿ほかにおいて遵守すべきこと)

【はじめに】

 日本消化器外科学会(本学会)総会・大会で報告される医学系研究や,本学会誌に掲載される医学系研究は,ヘルシンキ宣言1)と,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」,「ヒトゲノム・遺伝子研究に関する倫理指針」,「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」等の倫理指針2),並びに「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」3)や「臨床研究法」4)などの法律等を遵守しなければならない.ここに示す本学会の医学系研究に関する倫理指針は,これらの倫理指針や法律に基づいて作成されたものであり,今後,指針が改定された際には適宜改定を行う.本学会員は医学系研究を行う上で本指針を遵守し,所属施設の倫理指針に従って適切に行動する義務がある.その際には患者(研究対象者)の尊厳と人権が守られなければならない.ただし,本倫理指針は学会員の自由な研究活動を拘束し制限するためのものではなく,あくまで研究者が患者(研究対象者)の福利を最優先に考えて倫理的に幅広い研究活動を行うための規範である.

日本医師会・厚生労働省ホームページ参照:
1) ヘルシンキ宣言 外部サイトへリンク
2) 研究に関する指針について 外部サイトへリンク
3) 再生医療について 外部サイトへリンク
4) 臨床研究法について 外部サイトへリンク

【臨床研究法で定められた特定臨床研究について】2018年4月施行

特定臨床研究:次のいずれかに該当する研究(2018年4月以降に開始された研究)

  1. 薬機法における未承認・適応外の医薬品等(医療機器も含む.)の臨床研究
  2. 製薬企業等から資金提供を受けて実施される当該製薬企業等の医薬品等(医療機器も含む.)の臨床研究

 上記の特定臨床研究は,臨床研究法に則って適切に対応する必要がある.具体的には,厚生労働大臣の認定を受けた認定臨床研究審査委員会で審査を受けた上で,厚生労働大臣に届け出てから実施する必要がある.法律により厳格に規定されているため,本指針では詳細を割愛する.(厚生労働省ホームページ 外部サイトへリンク参照)

 また,保険適用内の医薬品や医療機器等を用いた介入研究であっても「臨床研究法」の努力義務対象となるので,基本的には,臨床研究法に則って適切に対応する必要がある.(厚生労働省ホームページ,「参考資料:臨床研究法の範囲について 外部サイトへリンク」参照)

 以上より,臨床研究法で定められた特定臨床研究と努力義務対象研究を含めると,医薬品や医療機器等を用いた前向きの介入研究は,ほぼ全てが臨床研究法の対象となる

【侵襲を伴う研究について】

1.「侵襲」の定義

 あくまで研究目的で行われる1,穿刺,切開,薬物投与,放射線照射,心的外傷に触れる質問等によって,研究対象者(患者など)の身体又は精神に傷害又は負担が生じることをいう.ただし,侵襲のうち研究対象者の身体及び精神に生じる傷害及び負担が小さいものを「軽微な侵襲」とするが侵襲には含まない.これについては後述する.

1あくまで「研究目的」であって,救命などの診療目的の使用は「侵襲」とみなされない.

「侵襲」の例

1) 研究目的のみに16歳以上に30mL2を越える採血を行う.16歳未満の小児の場合は体格に応じて個別かつ適切に判断することが望まれる.
2) 研究目的で実施する造影剤を用いた超音波,CTやMRI(CTは被ばくの問題があるため,造影剤を用いなくても研究目的で実施する場合は侵襲として扱うのが妥当である.一方,診療目的で実施される各種画像検査(造影超音波/CT/MRIなど)は「侵襲」に当たらない.ただし,小児や妊婦においては画像検査そのものが侵襲に相当する可能性があるため,慎重かつ適切に判断する必要がある.
3) 研究目的で実施する放射性同位元素を用いた核医学検査3
4) 研究目的のみで,穿刺又は切開して組織を採取する.
5) あくまで研究目的で,未承認医薬品や未承認医療機器を使用することはもちろんのこと,既承認医薬品や既承認医療機器を使用することも含まれる.ただし,2018年4月以降は,研究目的で未承認の医薬品や医療機器を使用することや適応外使用は,特定臨床研究として臨床研究法の対象となる.なおかつ適用内の使用であってもそれが臨床研究目的であれば臨床研究法の努力義務対象となるので,臨床研究法の対象研究となる.

 救命などの診療目的で,やむを得ず未承認医薬品を投与したり既承認医薬品の適応外使用を行なったり,又は未承認医療機器を使用することは,必ずしも「侵襲」とはみなされない.「侵襲」とはあくまで研究目的で実施することである.ただし,救命目的であっても,未承認医薬品の投与や既承認医薬品の適応外使用,又は未承認医療機器の使用を保険請求することはできない.

2健康診断程度の採血は,研究目的のみの採血であっても「軽微な侵襲」とされ,非侵襲と同等に扱う.
3保険適応のないセンチネル・ナビゲーション手術も含まれる.

2.「軽微な侵襲」の定義

 研究対象者に生じる傷害及び負担が小さいと社会的に許容されるもので,「侵襲」には含まれない.むしろ非侵襲と同等に扱って差し支えない.

「軽微な侵襲」の例

1) 研究目的のみで16歳以上に少量(30mL以下)の採血を行う.16歳未満の小児の場合は体格に応じて個別かつ適切に判断することが望まれる.
2) 研究目的で実施する単純X線撮影
3) 研究目的で実施する造影剤を使用しない体表超音波やMRI
4) 診療目的で穿刺,切開,採血等が実施された際に,研究目的で採取量を上乗せする.

3.「侵襲を伴う研究に対する本学会の倫理指針」

 単一施設の研究であっても多施設共同研究であっても,参加する全ての施設で倫理審査委員会や治験審査委員会(Institutional Review Board; IRB),又はそれに準じた諮問委員会での審査と,それに基づく施設長の許可が必要である.また対象者又はその代諾者の承諾(インフォームド・コンセント(informed consent; IC))が必須である.ただし,多施設共同研究の場合には,その施設の長が許可すれば,代表施設の倫理審査委員会での一括した審査も可能である.なお,侵襲を伴う研究であっても介入を伴わなければ,公開データーベースへ登録する必要はない.「侵襲」でなおかつ「通常の診療を越える医療行為」では「臨床研究における補償」が義務付けられる.それ以外の「侵襲」を伴う研究は必ずしも補償の対象とはならず,通常の診療行為と同等に扱われる.補償については【医学系研究における補償(臨床研究保険について)】の項を参照されたい.また,臨床研究法で定められた特定臨床研究や努力義務研究では同法を遵守する必要がある.

4.「通常の診療を超える医療行為」とは

 未承認医薬品や未承認医療機器の使用,既承認医薬品・医療機器の承認等の範囲(効能・効果,用法,用量等)を超える使用,その他に医療保険の適応となっていない新規の医療行為を指す.即ち,既承認医薬品や既承認医療機器の適応外使用,医薬品の過量投与が含まれる.なお,このような医療行為を保険請求することはできないので,学会での発表や学会誌への論文投稿の際には,研究目的の有無にかかわらず「通常の診療を超える医療行為」のコストをどのように処理したのかについて言及する必要がある.

【介入研究について】

1.「介入」の定義

 研究目的で,人の健康に関する様々な事象に影響を与える要因(健康の保持増進につながる行動,傷病の予防,診断や治療のための投薬・検査等)を制御する行為を行うこと.また,研究目的で実施される「通常の診療を超える医療行為」も含まれる.

2.「通常の診療を超えた医療行為」とは

 上記【侵襲を伴う研究について】の4.「通常の診療を超える医療行為」を参照されたい.

3.介入研究の例

1) 傷病の治療方法,診断方法,予防方法,その他の研究対象者の健康に影響を与える要因に関して,作為又は無作為の割付けを行うこと(盲検化又は遮蔽化を行う場合を含む.)は,研究目的で人の健康に関する事象に影響を与える要因を制御する行為であり,「介入」に該当する.割付けには,研究対象者の集団を複数の群に分けて行う場合のほか,対照群を設けず単一群(シングルアーム)に特定の治療方法,予防方法,その他,研究対象者の健康に影響を与える要因に関する割付けを行う場合も含まれる.

介入研究の具体例,その1.ランダム化比較試験(randomized controlled trial; RCT)のように「通常の医療行為であっても,対象者の集団を原則として2群以上のグループに分け,割付けを行ってその効果等をグループ間で比較するもの」.ただし,割付の作為,無作為は問わない.また,前向きのシングルアーム試験も含まれる.

(1) 悪性疾患に対して膵頭十二指腸切除をうける患者を,術前に食事に加えて免疫強化を目的とした経腸栄養剤を摂取する群と普通食のみを摂取する2群に無作為又は作為的に割付し,術後の集中治療室の入室期間や感染症合併率、再発率や生存率などを前向きに比較検討する.
(2) 切除可能な異時性大腸癌肝転移に対して,術前化学療法を行ってから肝切除を行う群と化学療法を行わずに肝切除を行う2群に無作為又は作為的に割付し,術後の合併症発生率や再発率,生存率などを前向きに比較検討する.
(3) 消化器外科術後の敗血症患者に対して救命目的でエンドトキシン吸着療法を実施する際に,従来のエンドトキシン吸着カラムと新規開発されたエンドトキシン吸着カラムを使用する2群に無作為又は作為的に割付けし,治療に伴う合併症発生率や生命予後を前向きに比較検討する.なお,2018年4月以降に実施されるこのような研究は,臨床研究法の努力義務対象研究となるため,臨床研究法の遵守が必要である.
(4) 3cm以下かつ3個以下の初発肝細胞癌に対して,肝切除を行う群とラジオ波焼灼療法を実施する2群に無作為又は作為的に割付し,再発率や生存率などを前向きに比較検討する.
(5) 成人の大腿・鼠径ヘルニア患者に対して,前方アプローチによるメッシュを用いたヘルニア根治術を行う群と,腹腔鏡下にヘルニア根治術を行う2群に無作為又は作為的に割付し,合併症発生率やヘルニア再発率,術後の愁訴などを前向きに比較検証する.
(6) 膵癌以外の尾側膵腫瘍に対して,全例でまずは腹腔鏡下に尾側膵切除を試みる前向き試験を行い,その有効性と安全性を以前の開腹尾側膵切除例と比較検証する.

2)研究目的で通常の診療を超える医療行為を実施するもの
介入研究の具体例,その2.

(1) 標準治療の確立されていない外科的切除不能な悪性腫瘍患者に対して,分子標的治療薬を含めた抗がん薬の適応外使用を研究目的で実施する.ただし,2018年4月以降に実施される本研究は,医薬品の適応外使用に関する介入研究のため,特定臨床研究として臨床研究法の対象となる.一方,救命のために本人の同意のもとでやむを得ず実施される場合は,必ずしも介入研究とはみなされず,むしろ観察研究とみなされる.
(2) 肝胆膵領域癌に対してロボット支援下の手術を実施する.
(3) 既承認の血液浄化器(カラム)よりも優れた効果が期待される保険適応外のカラムを用いて,救命のために血液浄化療法を実施する.救命のためにやむを得ず実施する医療行為だが,代替可能な既承認カラムがある状況で,このような新規の保険適応外カラムを用いることは,介入研究として扱われる.同時に,このような研究は保険適応外の医療機器を使用するため,2018年4月以降に実施された場合は特定臨床研究として臨床研究法の対象となる.

4.補足・注意事項

1) 未承認の鏡視下外科手術を実施することは救命目的であっても介入研究とみなされるため,各施設の倫理審査委員会かそれに準じた諮問委員会での審査とそれに基づく施設長の許可が必要であり,なおかつ患者(研究対象者)又はその代諾者の承諾(IC)が必須である.
2) 一般的な診療として受けている治療であっても,研究目的で一定期間継続することとして,他の治療方法の選択を制約するような行為は,「介入」に該当する.一方で,ある傷病に罹患した患者について,投薬や検査等を制御することなく,その転帰や予後等の診療情報の収集を前向き(プロスペクティブ)に実施する場合は,「介入」を伴わない研究(観察研究)と判断される.
3) 「介入」を行うことが必ずしも「侵襲」を伴うとは限らない.例えば,禁煙・断酒指導,食事療法等の新たな方法を実施して従来の方法との差異を検証するために割付けを行って前向きに評価する場合,方法が異なるケアの効果を比較・検証するため「介入」に該当するが「侵襲」を伴わない.
4) 過去に採取した保存試料を用いた後ろ向きの研究:過去に診療の一環として,又は研究目的で侵襲的に採取された保存検体を用いた後ろ向きの研究は,研究対象者やその代諾者から一般同意を得ていれば,観察研究とみなして差し支えない.

5.「介入研究に対する本学会の倫理指針」

 単一施設の研究であっても多施設共同研究であっても,参加する全ての施設で倫理審査委員会や治験審査委員会(IRB),又はそれに準じた諮問委員会での審査と,それに基づく施設長の許可が必要である.また対象者又はその代諾者の承諾(IC)が必要である.ただし,多施設共同研究の場合には,その施設の長が許可すれば,代表施設の倫理審査委員会での一括した審査も可能である.また,介入研究について,UMIN,JAPIC,又は公益社団法人日本医師会が設置している公開データーベースに,研究の実施に先立って登録しておく必要がある.「侵襲」でなおかつ「通常の診療を越える医療行為」(介入研究)では「臨床研究における補償」が義務付けられる.それ以外の「侵襲」を伴う研究は必ずしも補償の対象とはならず,通常の診療行為と同等に扱われる.補償については【臨床研究における保障(保障保険について)】の項を参照されたい.また,2018年4月以降に実施される臨床研究法の対象研究は,同法律を遵守する必要がある.即ち,厚生労働大臣の認定を受けた認定臨床研究審査委員会で審査を受けた上で,厚生労働大臣に届け出てから実施する必要がある.

【観察研究について】(症例報告を除く)

1.「観察研究」の定義

 後に定義する症例報告以外の後ろ向きの研究は観察研究に該当する.前向きの研究であっても,診断及び治療のための投薬,検査等の有無及び程度を制御することなく,その転帰や予後等の診療情報を収集するのみであれば,介入を伴わない「観察研究」と判断する.「侵襲」を伴う研究と「介入研究」以外の人を対象とする医学系研究は,症例報告(対象者が9名以下)を除けば,大部分が「観察研究」に該当する.

2.観察研究の具体例

1) 腸閉塞や閉塞性腸炎を伴う直腸がん患者に対して,経肛門的に減圧チューブやステントを挿入したり人工肛門を造設したりして,イレウス解除を行った後に根治手術を行った群と,緊急で根治的直腸切除と人工肛門造設術を行った群とに分けて,術後の合併症や入院期間,生命予後などを後ろ向きに検証する.その際に,腫瘍組織のRAS遺伝子変異の有無や,VEGF蛋白発現状況も検討項目に加える.
2) 直腸癌患者の遺伝子多型(SNP)を,保存血を用いて網羅的に解析し,抗がん薬への感受性や生命予後との関係について後ろ向きの解析を行う.(本研究は,遺伝子多型を解析するため,ヒトゲノム・遺伝子研究に関する倫理指針を遵守する必要があるが介入研究ではなく観察研究の範疇に入る.)

3.補足・注意事項

 「介入研究」は,各施設の倫理審査委員会やIRB又はそれに準じた諮問委員会での審査と,それに基づく施設長の許可,及び患者(研究対象者)又はその代諾者の承諾(IC)が必須である.連結不可能匿名化データを用いる研究以外の「観察研究」も原則として倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会の迅速審査(簡易審査)とそれに基づく施設長の許可,患者(研究対象者)又はその代諾者の承諾(IC)が必要であるが,過去に遡って承諾を得ることが実質的に困難な場合は,「オプトアウト(Opt-out)」により対象者への承諾(IC)を省略することも可能である.

4.「オプトアウト(Opt-out)」とは

 当該研究について情報を研究対象者等に直接通知するか,又は当該施設の掲示板やホームページ上で公開し,研究対象者等が研究への参加を拒否する機会を保証すること.同時に拒否の意思表示を受け付ける窓口(連絡先)を明示する必要がある.

5.観察研究に対する本学会の倫理指針

1)人体から採取した試料を用いない研究,又は既存の試料を用いる研究.

(1)単一施設内の観察研究

各施設の倫理審査委員会やIRB,又はそれに準じた諮問委員会での迅速審査と,それに基づく施設長の許可を得るとともに,研究対象者又はその代諾者の承諾(IC)を得ておくことが望ましい.ただし,過去の症例にさかのぼってあらためて承諾(IC)を得ることが実質的に不可能な場合は,個人情報の保護規定遵守のもと,オプトアウトを利用することで,あらためて患者の承諾を得る必要はない.

(2)多施設共同での後ろ向き観察研究

本学会で企画される後ろ向き研究プロジェクトは,データ規模が大きい上に,データ集積・解析施設へ連結可能匿名化データが提供される.そのため,研究に参加する全ての施設の倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会での審査と,それに基づく施設長の許可が必要である.さらに研究対象者又はその代諾者の承諾(IC)を得ておくことが望ましい.ただし,過去の症例にさかのぼってあらためて承諾(IC)を得ることが実質的に不可能な場合は,個人情報の保護規定遵守のもと,オプトアウトを利用することで,あらためて研究対象者や代諾者の承諾を得る必要はない.一方,連結可能匿名化データを提供するのみの共同研究施設では,必ずしも倫理審査委員会の審査を受ける必要はなく,その施設長の許可のもと,代表施設の倫理審査委員会での一括審査も可能である.

 なお,連結不可能匿名化された診療情報だけを用いた医学系研究は,倫理審査委員会の審査や,患者(研究対象者)や代諾者の承諾(IC)を得る必要はない.

2)人体から新たに軽微な侵襲で採取した試料を用いる研究

(1)単一施設内の観察研究

患者から治療の一環又は研究用として新たに軽微な侵襲で採取される検体(採血,生検や切除で採取された試料)を用いて各種解析(遺伝子解析や蛋白発現解析を含む.)を行う研究は,各施設の倫理審査委員会やIRB,又はそれに準じた諮問委員会での迅速審査(簡易審査)と,それに基づく施設長の許可を得るとともに,研究対象者又はその代諾者の承諾(IC)を得ておく必要がある.

(2)多施設共同での後ろ向き観察研究

研究に参加する全ての施設の倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会での審査と,それに基づく施設長の許可が必要である.さらに研究対象者又はその代諾者の承諾(IC)を得ておく必要がある.一方,連結可能匿名化データ・試料を提供する共同研究施設では,必ずしも倫理審査委員会の審査を受ける必要はなく,その施設長の許可のもと,代表施設の倫理審査委員会での一括審査も可能である.

【症例報告について】

1.症例報告の定義

 医学研究における症例報告とは,本学会では9例以下と定義する.10例以上の研究報告は,観察研究として扱う.また,症例報告もまた広義には観察研究に含まれるが,本学会の倫理指針では別々に扱う.
 症例報告であっても「ヒトゲノム・遺伝子研究に関する倫理指針」の対象となる遺伝子解析(生殖細胞系列変異や多型性の解析)を行った場合は,同指針を遵守することが求められる.

2.症例報告の具体例

 敗血症から多臓器不全に陥り循環状態が不安定な患者に対して持続血液濾過透析(CHDF)を行っていたが,肝機能データが急速に悪化したため,本人の同意のもとに保険適応はないが臨床での十分な導入実績のある新規の血液浄化療法(plasma dia-filtration; PDF)を8例に実施した.これは,研究目的で実施した「通常の診療を越えた医療行為」ではなく,救命のために患者承諾のもとでやむを得ず実施された医療行為のため,本来は介入研究とみなされない.症例報告と判断され,倫理審査や施設長の許可は不要である.ただし,個々の患者に対して個別に倫理審査を受ける必要はないが,新規血液浄化器の使用については導入前に倫理審査委員会かそれに準じた諮問委員会の審査とそれに基づく施設長の許可を得ておく必要がある.一方,PDFを臨床研究として使用する場合は,2018年4月以降は臨床研究法で定められた特定臨床研究となるため,同法の遵守が必要である.

3.注意喚起

 次の事例は症例報告としてみなすことはできず,観察研究となることを肝に銘じてほしい.
例:「既承認されている新しい腹腔鏡器材を導入して,8例に対して腹腔鏡イレウス解除術を実施した.この8例を導入初期の症例として,それ以前の腹腔鏡下イレウス解除術症例15例と後ろ向きに比較解析し,新しい腹腔鏡器材の非劣性,ないしは安全性や優位性を報告する」.これは,後ろ向きに2群を比較解析した研究であり,対象症例が8例であっても,比較対象症例を加えれば23例となり,研究内容は観察研究に該当する.そのため,所属施設での倫理審査が必要である.

4.「症例報告に対する本学会の倫理指針」

 「症例報告を含む医学論文及び学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針 外部サイトへリンク」を遵守し,プライバシー保護に配慮して患者が特定されないよう留意しなければならない.倫理審査委員会やそれに準じた諮問委員会での審査や施設長の許可,患者(研究対象者)やその代諾者の承諾は不要である.ただし,「ヒトゲノム・遺伝子研究に関する倫理指針」の対象となる遺伝子解析(生殖細胞系列変異や多型性の解析)を行った場合は,同指針を遵守することが求められる.
 救命や延命のためにやむを得ず実施される「通常の診療を超える医療行為」は研究目的で行われるわけではないので,介入研究とはみなされず,症例報告とみなされる.しかし,未承認薬や未承認医療機器の使用,既承認薬の過量投与や適応外使用は,原則として倫理審査委員会や IRB,又はそれに準じた諮問委員会の審査と施設長の許可を得ておくことが望ましい.なお,このような医療行為を保険請求することはできないので,学会での発表や学会誌への論文投稿の際には,研究目的の有無にかかわらず「通常の診療を超える医療行為」のコストをどのように処理したのかについて言及する必要がある.また,それらを研究目的で実施した場合は,症例数が9例以下であっても侵襲を伴う介入研究とみなされるとともに,2018年4月以降に実施された場合は特定臨床研究として臨床研究法の対象研究となるので,同法律を遵守する必要がある.

【ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針】

厚生労働省ホームページ 外部サイトへリンク参照)

1. 「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」

 解析結果が提供者及びその血縁者の診療に直接生かされることが医学的に確立されている臨床検査(RAS遺伝子変異,HER2遺伝子増幅,KIT遺伝子変異など)や,それに準ずるヒトゲノム・遺伝子解析は,医療に関する事項として扱われるので,この倫理指針の対象とはならない.がん等の疾病において,病変部位に後天的に出現し,次世代には受け継がれない遺伝子の変異や遺伝子発現,及び蛋白質の構造又は機能に関する研究についても,この倫理指針の対象とはならない.この倫理指針は,あくまで子孫に受け継がれていく生殖細胞系列変異又は多型性(germline mutation or polymorphism)を解析する研究のみに適用される倫理指針である.しかし,この倫理指針の対象とならない体細胞変異,遺伝子発現及び蛋白質の構造・機能に関する研究においても,診療を行う医師は自らの責任において,個人情報の保護を遵守し,本指針の趣旨を踏まえた適切な対応が望まれる.

 以下に,遺伝子解析が通常診療として既に認められ,「人体から採取した試料を用いる研究」や「ヒトゲノム・遺伝子解析研究」とはならず,通常の診療情報と同等に扱える解析項目の具体例を示す.

1)大腸がんにおけるRAS遺伝子変異,VEGF蛋白発現評価
2)乳がんにおけるHER2遺伝子増幅や遺伝子変異の評価
3)胃がんにおけるHER2遺伝子増幅や遺伝子変異の評価
4)GISTにおけるKIT遺伝子変異の評価

 疾病に関与する遺伝子群が新たに同定されても,その遺伝子が生殖細胞系列変異・多型性などの子孫に受け継がれるものでないかぎり,この倫理指針の適用とはならない.遺伝子解析結果と他の臨床データを組み合わせた研究を行う際には,「人を対象とした医学系研究に関する倫理指針」が適応される.

2.「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に対する本学会の倫理指針」

 生殖細胞系列変異又は多型性(germline mutation or polymorphism)を解析するヒトゲノム・遺伝子解析研究の倫理指針が適応される研究においては,事前に各施設の倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会の審査に基づく施設長の許可と患者又はその代諾者へのインフォームド・コンセント(IC)が必須である.

【倫理審査や施設長の許可,研究対象らの承諾が不要な研究】

 次に掲げるいずれかに該当する研究

  1. 法令の規定により実施される研究:都道府県単位や全国規模の「がん登録事業」,「感染症発生動向調査」,「国民健康・栄養調査」など
  2. 法令の定める基準の適用範囲に含まれる研究:「省令」等によって規定されている研究
  3. 試料・情報のうち,次に掲げるもののみを用いる研究
    1) 既に学術的な価値が定まり,研究用として広く利用され,かつ,一般に入手可能な試料や情報(論文,データーベースとして広く公表されているデータやガイドライン等)を用いた研究.研究用として広く出回っている各種培養細胞を用いた研究.ただし,iPS細胞やES細胞は「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」を順守する必要があるため,通常の培養細胞と同等に扱うことはできない.
    2) 既に連結不可能匿名化されている情報

【研究の種別を判断するための樹形図(decision tree)】

 医学系研究における「侵襲」を伴う研究,「介入研究」,「観察研究」,「症例報告」に関する decision tree を図に示す.
 なお,

(1) 法令の規定により実施される研究(自治体のがん登録事業など)
(2) 既に発表された論文や著書,ガイドラインやWeb上で公開されている情報や,研究用として一般に広く利用されている培養細胞のみを用いた研究
(3) 対応表のない連結不可能匿名化された診療情報だけを用いた医学系研究については,倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会の審査と施設長の許可や研究対象者の承諾を得る必要がない.

図 学会発表・論文投稿ほかにおける倫理指針(カテゴリー分類) (別紙参照)

【医学系研究における補償(臨床研究保険について)】

研究の種類 補償について
「侵襲」を伴う研究 通常診療を越える医療行為を伴うもの 補償のための措置を講じる
通常診療の範囲内 補償の有無を被験者に説明
「侵襲」を伴わない研究か「軽微な侵襲」を伴う研究 規定なし

「補償について厚生労働省の具体的な提言」

  1. 補償とは,過失責任がなくても対象者保護の観点から一定の要件に該当した対象者を救済しようとするものであり,補償保険への加入が勧められる.しかし,補償保険によらなくても各施設の自己資金での対応も可能なため,必ずしも加入を義務づけるものではない.
  2. 補償内容は,既に治験において実績がある「医薬品企業法務研究会の補償ガイドライン 外部サイトへリンク」程度の内容であれば差し支えない.
  3. 補償は金銭的なものに限定されるものではなく,各施設での医療給付という形態もありえる.
  4. 重篤な副作用が高頻度で発現することが予想される抗がん薬(分子標的薬を含む.)や免疫抑制薬等の薬剤については,補償保険の対象外である.医療給付等の手段を講じることにより実質的に補完可能と考えられる.実際の補償の方針や金銭的な事項については,対象者に予め文書で説明し,同意を得ておく必要がある.

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